旧友(刈代)の急死を悼んで

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謹んで円十見健一郎君の御霊に申し上げます。

? 去る凶日、突然受け取った君の悲報は、本当に信じ難いものでありました。

一入一一辺二そして、激しい衝撃でした。

ついコ一カ月ほど前に体調をくずされ入院された君でしたが、先日、電話で「もうすぐ退院できる。

たいしたことないんだ」という元気な声を聞いたばかりでした。

あんなに元気であったのに、それなのに、なぜこんなことになってしまわれたのか。

医学の進歩著しい現在、順調に回復されているとばかり思い、それこそ、退院されてくるのを、今日か明日かと待ちわびていたのです。

それなのに、君は今日、白い花に固まれ、そんな高いところから私たちを見ています。

昔と変わらない、穏やかないい笑顔で。

「」思えば、君との出会いは五十年前の春、帝都大学迎学部の教室でした。

ひ一題一一主一よろりと背の高い君は、明断な頭脳と明朗な人格で、友人も多く、君の下宿にはいつも誰かしら転がりこんでおりました。

もちろん私もそのひとりで、ノlトや参考書を借り、果ては君の大事な食糧まで皆でいただき、ずいぶん世話になりました。

面倒見のいい君は先輩後輩を問わず、誰からも頼りにされる存在でした。

薄暗い実験室で徹夜でデlタを取ったこともありました。

こぶし陸上競技会や弁論大会では、拳を振りかざしてがんばった。

若き日の君のりりまぶた凍々しい姿が、今も般の裏に焼きついております。

そして、私たちは、やがて学窓を巣立ち、軍隊、戦地へ。

戦後の何もない苦しい時代会二途に生き抜いてきた同志でもありました。

戦後の復興とともに、お互いに家庭をもち、その後の四十年間というもの、とにかく会社のため、家族のため、と働きづめでした。

そしてやっとここ十年、自分の時間もゆとりもできて、のんびりと昔の仲葬儀・告別式でのあいさつ問で旅をしたり、酒を酌み交わす機会も増えたというのに。

来年の金婚式には、奥さんをヨーロッパ旅行につれていくと張り切っていたではありませんか。

本当に残念だ。

もう君と、酒を酌み交わすこともできない。

語り合うこともないのかと思うと、寂しさがこみ上げてきます。

「」早見君。

君は急いで逝ってしまったが、昔、下宿で世話になった連中が、間ぽつぽつ君に続く。

また、向こうでも、楽しくやろうではありませんか。

それまで、待っていてください。

ご冥福をお祈りします